川合康之先生[1979(昭54)年津高卒]
在籍期間:1995~2006年
担当科目:英語
担当部活:卓球、国際交流
1 先生にとって津高とは
津高は私自身の母校でもあり、職員としては11年間お世話になりました。三重県立学校教員として6校で勤務し、定年退職した今も、津高は私の中では特別な存在です。在職中には65分二期制が導入されるなどの変革もあり、私は津高は「長い伝統を持ちながらも『不易流行』ともいうべき精神で常に前進する学校」と考えています。
私事ですが、私の父も津高で勤務しておりました。その父が、津高への私の異動が決まった時に「親子して津高に奉職できるとは名誉なことだ。」と言っていたのを覚えています。津高とはそういう学校です。
2 津高での思い出
思い出は色々ありますが、ここでは3つ挙げさせていただきます。1つ目はやや抽象的な話で恐縮ですが「自主・自律」についてです。津高に異動するまで勤務した学校では、いずれも「きめ細かく、丁寧に面倒を見る」ことが求められていましたし、実際そのように努めていました。しかし津高では、その基本スタンスは保ちつつ、「ある程度は任せる」ことが必要なのだなと感じるようになりました。「自主・自律」の精神が、様々な場面で息づいていることを感じたものです。
2つ目は修学旅行についてです。津高在職中に長崎、屋久島、北海道へと3回引率をしましたが、屋久島への修学旅行は津高のみならず、私の教員人生を通して最も印象深い思い出になっています。「ふじ丸」というクルーズ船をチャーターして船中にて2泊、屋久島ではヤクスギランドなど島内の見学という内容でしたが、まさしく「非日常」の経験にあふれ、密度の非常に濃い修学旅行でした。
3つ目は担任したクラスについてです。在職11年間で1~3年を担任として持ち上がったのが2周り。最後の3年間は学年代表でした。その後異動になり、担任という立場から離れたまま定年を迎えましたので。最後に担任したクラスは特に印象深いものがあります。添付した写真はそのクラスで作ったTシャツを着て文化祭の「カレー屋さん」をしたときのものです。このTシャツは今でも大切に保管しています。
3 近況
現在はセカンドキャリアとして英語教員に戻り、久しぶりに教鞭を執っています。これからも津高が三重県を代表する高校として、ますます発展することを願っています。