
さて、茨木さんは卓球部の「部室」を思い出の場所としてあげてみえるよね。それって僕らの世代が知ってる今は無きあの部室だよね。体育館の南、プールの西側に、体育会系の部室が長屋みたいに連なってた。校舎の屋上から眺めると、黄色い枠で囲ったあたりだったよね。


茨木さんのお便り読んでるだけで臭ってきそうよね。埃っぽいし、なんやかんやと雑然と置かれてて、もう床面もあまり見えないような感じ?

少年ジャンプやら、サンデー、マガジンとか、それに誰かが持ち込んだちょっとHな雑誌とかも散らかってたりね。漫画ならハエを二、三匹飛ばせて、ゴキブリも数匹這わせるところかな?でもなぁ、多少の不衛生とか平気だったもんな、若い頃とか。未だにきちんと整理整頓され過ぎてると、かえって息苦しくて落ち着かない(笑)。

男子は特にねぇ・・・・男やもめに蛆(うじ)がわき、女やもめに花が咲く、て言うじゃない。

ジェンダーフリーに反する言葉だな(笑)、まぁ、私にはぴったり合致するけど(笑)。しかし、考えたら「蛆(うじ)」にも長らくご無沙汰してるなぁ。

今のクラブハウス(部室)が出来たのは茨木さんが卒業されてしばらくしてから、昭和55年のこと。津高創立100周年の記念事業だったのよ。「クラブハウス」と呼ばれてるけど、建設当初は「百年記念館」と称して建設されたみたい。


今が140周年というわけだから、それでもかれこれ40年にもなるんやね。

卓球部顧問だった長谷川寛先生が事務局長として尽力された「百周年記念祭」の記録誌によると、「同窓生の義金によって百年記念館<クラブハウス>は五千万円を投じて竣工し」とあるのよ。

それは凄いね、並々ならぬ力の入れようだ。オイルショックやら経済の混乱もあった時期だけど、ここ一番の元気はまだまだ漲ってたんやね。


Gキャプテン、卓球部の部室もクラブハウスにあると思うんだけど、やっぱり仲間とよく集まったりしてるんですか?

う~ん、卓球部の場合は練習場(体育館)からも少し遠いので、そうでもないですかね。

なるほど、確かに体育館で活動するクラブからすると、場所が遠い分、使い勝手には制約もあるのかな。

茨木先輩らが築いた卓球部の伝統を守ってドブネズミ色の雑巾がとっ散らかっているとか?

(笑)、私たちの先輩が引退した後、皆で大掃除をして綺麗になりました。今では普段あんまり使わないマシンなどの物置になっている、そんな感じですね。


え~っ!これが部室の様子なの?床も見えるし、しかもピカピカに光ってるやん。凄い!

これではなんか落ち着かんなぁ(笑)。だよねぇ、茨木さん?今どきの若者は綺麗好きなようです。

さて後藤キャプテン、インタビューの最後にクラブを代表して茨木政彦先輩にひと言メッセージをもらえないかな。

はい、是非、是非、お願いします!
後藤キャプテンから茨木さんへのメッセージ
「僕たち卓球部は勉強も卓球も両方一生懸命取り組んでいます。僕は卓球部で1番成績が悪いですが…。僕は幼い頃からワンピースが大好きです!尾田先生のサイン、そして差し入れもご持参のうえ、是非とも津高卓球部の練習を観に来てください。待ってます!」

出だし以外、ほぼ個人的な願望です(笑)、ワンピースのルフィーのように精一杯冒険しているけどね(笑)

若者はこれぐらいストレートな方が気持ちいい。願いが叶うかどうかは、知らんけど(笑)。

後藤さん、卓球部の今を色々と聞かせてもらい、本当にありがとうございました!何かいいことあったらいいね(笑)。
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